まそらこんにちは、笑顔を育むライフコーチのまそらです。
小学生の頃、私は絵を描くことが大好きでした。
将来はイラストレーターなど、絵に関わる仕事に就きたいと夢見て、絵画教室にも通っていました。
学校や絵画教室の先生に褒められたり、ポスターで入賞したりすることもあり、幼いながらに自分の絵に自信を持っていました
しかしある日、私は自分の可能性に、自分自身で「一線」を引いてしまいました。
📝この記事を読むとこんなことが分かります
- なぜ私たちは、つい他人と比較して「思考停止」してしまうのか
- 自分で引いてしまった「限界の線」の正体
- 過去の自分を認め、これからの可能性を広げるための視点
自分で引いてしまった「才能の限界」という線
ある日の絵画教室でのことです。
課題は、瓶と果物が置かれた静止画を水彩で描くことだったと思います。
私はいつものように、目の前にあるものを、見たそのままを、なるべく忠実に描いていました。
だいたい描き終わって一息をついたころ、近くで描いていた同い年の女の子の画用紙が目に入りました。
そこには、地下水路のような場所の水の中?にそれらがあるような、不思議で魅力的なアレンジが施されていました。
その瞬間、私の中に大きな衝撃を受けたのを今でもはっきり記憶しています。
「なんでこんな絵が描けるんだろう」
発想力が、私とは決定的に違う、痛烈なまでの差を突きつけられた感覚を感じました。
課題に対しては、おそらく私の方が「正解」に近い絵を描いていたはずです。
でも、彼女の自由で常識に縛られない表現を見たとき、私の思考は停止しました。
「彼女にはかなわない」
そうして私は、自分の才能に限界を感じ、自ら可能性の扉を閉じてしまったのです。
ライフコーチまそらの視点:社会的比較と「下方比較・上方比較」
私たちは無意識に、自分と他者を比較して自分の立ち位置を確認しようとします(社会的比較理論)。自分より優れた人と比べる「上方比較」と、劣る人と比べる「下方比較」があります。モチベーション向上や自己防衛などプラスに働くこともあれば、過度な比較はストレスや劣等感の原因などマイナスに働くこともあります。



当時の私は「上方比較」をした結果、劣等感が生まれ、自分がこれ以上傷つかないよう守るために「私には無理だ」というレッテルを貼ることを行ったのだと推測されます。
大人になって気づいた「当時の自分」の輝き
大人になった今、実家に帰った時に、当時の自分の絵を目にすることがあります。
客観的に見て、普通に、いや、かなり上手いのです。
少なくとも今の私にはとても描けない絵を描けていました。
もし、あの日自分の可能性を諦めず、描き続けていたらどうなっていただろう。
そんな思いが胸をよぎることもあります。
でも、当時の私が引いた「一線」は、誰かに強要されたものではありませんでした。
誰よりも私の才能を信じていなかったのは、他ならぬ「自分自身」だったのです。
ライフコーチまそらの視点:自己成就予言
根拠のない思い込みや期待が、実際の行動や態度に影響を与え、結果としてその通りの現実を引き起こす心理・社会現象のことです。
1948年に社会学者ロバート・K・マートンが提唱した概念であり、これは良い結果、悪い結果、両方の要因になり得ます。
初詣などでお願いしたことが叶うのは、神仏のおかげもあるかもしれませんが、信じることで行動が無意識に変わるこの自己成就予言もあるのでは、と言われています。



自己成就予言的に、「自分には無理だ」と思い込むと、脳はその思い込みを正当化する理由を探し始め、実際にその通りの結果を導き出そうとします。あの日の私は、彼女の才能を理由にして、自分の悲しい未来を自分で予言してしまったのかもしれません。
ちなみに、今はこんな棒人間を描いています。
上手い下手ではなく、シンプルに描く楽しさを取り戻しました。


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今日からできる小さなワーク:
過去の自分に「許可」を出してみよう
私たちは、過去に自分自身で決めてしまった「限界」に、今も縛られていることがあります。
今のあなたが、当時のあなたに声をかけるとしたら、何と言ってあげたいですか?
静かな場所がおすすめです。
過去に「自分には無理だ」と諦めた瞬間の自分を思い出してみてください。
心の中に、あるいは目の前にその子がいるイメージをしてみましょう。
そして、今のあなたからその子へ、例えばこんな言葉をかけてあげてください。
「当時、私を守るために無理だ、と諦めるというつらい(苦しい)決断をしてくれてありがとう。今はもう大人になったから守ってくれなくて大丈夫。もう比べて諦めなくていいよ。続けたかった、好きだった、その気持ちを今度は一緒に大切にしていこう」
まずは当時の自分に感謝の気持ちをかけてあげてください。
結果的に可能性を狭めてしまったけれど、当時の自分は、その時の自分を守るために考え行動してくれたんです。
そして、他人との比較で止まってしまった時間に、今のあなたが「続けてもいいんだよ」「そのままでも価値があるんだよ」という許可を出してあげてください。
過去の自分を少しずつ肯定できたとき、今のあなたの目の前に引かれた「見えない線」も、少しずつ薄くなっていくはずです。
まとめ:線はいつからでも引き直せる
あの日、私が勝手に引いた境界線。
それは当時の私を守るための精一杯の反応だったのだと思います。
けれど、大人になった今の私は知っています。
発想力がある絵も、写実的な絵も、どちらもすばらしい。
今も発想力は無いけれど、これまでの知識や経験をもとに組み合わせてより良いものがつくっていけるかもしれない。
少なくともまだやっていないのに境界線を引いて諦めるのはもったいなさすぎます。
もしあなたが今、何かの限界を感じているのなら、それは本当に「才能の終わり」でしょうか。
それとも、かつての私のように、ただ自分を納得させるために線を引こうとしているだけでしょうか。
自分の可能性を信じることは、勇気がいります。
でも、その線は気づくことで、いつからでも、何度でも引き直すことができます。
あなたが、自分の可能性を信じ、自分の好きなことにチャレンジしたり、新しいことを始めたり、色んな事を日々の中で楽しんでいけるよう心から応援しています。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。



この記事が、あなたの一歩を後押しするものになれば幸いです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

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