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「苦労話」がないのがコンプレックスだった私が見つけた、カウンセラーとしての最大の強み

まそら

こんにちは、笑顔を育むライフコーチのまそらです。

かれこれ15年ほど前にNLPをはじめとした心理学を学び、いくつか資格を取得しました。
その後、結婚や引っ越しなどあり、新天地でカウンセラー業を細々開始することに。
まずはホームページ(HP)でも作ろうか、そう思った私にある壁がぶつかりました。

目次

カウンセラーのはじまりは「挫折」から

自分のHPを作成するにあたって、他のカウンセラーさんを参考にしようと、知り合いや検索で見つけたサイトをいくつか拝見しました。
そしてびっくり。
そこにはドラマチックなストーリーが並んでいました。
「壮絶な過去」
「生きるのが苦しかった日々」
そこからどのようにして立ち上がり、回復し、今の仕事へつながったのか。
こんな経験がある人になら自分のことを任せたい、任せられそう、そういう思いにさせるような話の数々。
それを見れば見るほど、私は自分の過去を振り返って、途方に暮れてしまったのです。

「普通」であることのコンプレックス

私には、語れるような大きな挫折も、悲劇的な幼少期もありませんでした。
これは親をはじめ周りの環境や人々に感謝ですし、本当にありがたいことです。

キャッチーな苦労話がない自分は、カウンセラーとして選んでもらえないのではないか
人は似た境遇の人に親近感を覚え、この人ならわかってくれそう、という期待感がわきます。
当時のカウンセラーのHPの多くはそういった期待感を活用した集客がおこなわれていることが多かったのです。
なので、人並みの幸せの中で生きてきたことが、まるで一種のコンプレックスのように感じてしまいました。
大きな出来事を乗り越えた、という経験は何より魅力的な武器に思えたのです。

自分には人を引き付ける魅力が、キャッチーなストーリーがない。

「ないもの」ばかりを探して、自分の経歴の薄さに引け目を感じていたんです。

ないからこその「フラット」が大きな強み

しかし、カウンセラーと並行してはじめた講師業の場で、大切な気づきがありました。

自分の中にある強みに気づくシマエナガ

ブレーキに気づくための「フラットな視点」

NLPには「メタモデル」というスキルがあります。
これを学ぶ中で、質問を通じて相手が無意識に持っている「思い込み(制限)」に気づいてもらうワークがあります。
その中で、聞き手は、相手の話の中から「あ、ここが思い込みのブレーキだな!」というポイントを見つけ出し、そこを優しく紐解く質問を投げる必要があります。

ところがワークを観察していると、聞き手が相手の思い込みに気づけないという場面に、少なくない頻度で遭遇しました。

なぜ気づけないのか。
それは、話を聞く側も「それは当然のこと(常識)」だと思い込んでいて、相手の主観に同調してしまっているからでした。

例えば、こんなケースです。

  • 子育て中だから、自分の時間は持てなくて当たり前なんです」という悩み。
    聞き手も「お母さんなんだから、それは仕方ないよね」と同調してしまったら、その人の「母親は自分を後回しにすべき」というブレーキに気づくことはできません。
  • 上司に意見を言うなんて、会社員として失礼ですよね」という言葉。
    聞き手が「確かに、角が立つのは怖いよね」と納得してしまったら、その人の「目上の人に意見=失礼なこと」という思い込みを紐解くことはできません。

このように、聞き手の中に「こうあるべき」という強い主観や過去の大きな痛みが残っていると、それがフィルターになって、相手の思い込みをスルーしてしまうことがあるのです。
その点、私は良い意味で「フラット」でした。
幼少期から大きな波がなく平穏に過ごしてきたからこそ、自分のフィルターが薄く、相手の言葉をそのまま、透明で客観的な状態で見つめることができていることに気づいたのです。

「それは本当にそうなのかな?」
「その制限は、どこから来ているんだろう?」

フラットな心で問いかけられること。
それは、激しいドラマを経験していない私だからこそ提供できる、カウンセラーとしての1つの大きな強みだったのです。

「フラットな状態」こそが、誰かの求める場所

そして同じく講師業の場でこんな言葉に非常に励まされました。

先生みたいになりたいです!

先生みたいに考えられるようになりたいです

私の特別面白みがある訳ではない日常の日々。
何気なく甘受しているそういった「普通」は、誰かにとっての「理想のゴール」かもしれない。

悩みの中にいる多くの方が、心の底から求めているもの。
それは、激しい感情の波から得る感動ではなく「普通」「平穏」といった、ようは適度にフラットな状態です。

大きなストーリーはない。けど、それでいいし、それがいいところだ
そう気づいたとき、コンプレックスは私の強みに変わりました

訪れた「ネタ」と、本当の強さ

その後、図らずも我が子の障がいが分かり、私にも「語れる苦労話」のような出来事が訪れました。
ただこれも友人の言葉がきっかけで気づくことができました。

お子さん、障害があるんでしょ?大変じゃない?

まそら

……!
息子のいる生活が『普通』過ぎて気づいてなかったけど、そっか、はたから見たら『大変』な状況なのか!


灯台下暗しと言いますが、当たり前のこと過ぎて本当に気づかなかったのでびっくりしました。
子供に障害があることは手放しで嬉しいことではありません。
しかし、前向きな意味で、「あるものはあるんだからしょうがない」そう思い受け止め、ありがたく、今では1つの大きな経験として活用しています。
この話をすることで「実は……」と子供やお孫さんの話をしていただけることも増えたので、オープンにしてよかったなと思うことも多いです。

まとめ:あるものに目を向ける

私たちはついつい、自分に足りないピースを探してしまいます。
でも、本当はもう、必要なものはすべて自分の中に揃っています。

ないものではなく、すでにあるものに目を向ける

「特別な何者か」になろうとしなくていい。
ドラマティックな生き方じゃなくていい。
今、自分の中にある平穏さや、ささやかな経験を大切にすること。
私はこれからも、その「すでにあるもの」を強味に、誰かの心に寄り添っていきたいと思っています。

あなたの持っている『当たり前』も、視点を変えれば誰かを救う光になるかもしれません。

まそら

それではここまでお読みいただきありがとうございました。
本記事が少しでも参考になれば幸いです。

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